天皇賞春が行われる京都競馬場・外回り3200mは、年に一度だけ使用される特殊コースだ。向正面半ばからスタートし、1コーナーまで約417mも直線が続く。1周目はゆるやかな上り下りが続き、2周目に入ってから2度目の上り(通称「淀大賞典コーナー上り」)あたりでペースが急上昇する。この後、一気に下ってゴールに駆け込む流れとなる。ペースが緩むと上がり3Fが34秒台にもなるが、逃げ馬が最後まで粘り切るケースは極めて少ない。たとえば連覇を果たしたキタサンブラック級の超実力馬でなければ、「スタートから押し切る逃げ」ことはほぼ不可能とされている。実際、逃げ切り勝ちしたのは過去20年で、2012年のビートブラックと2022年のタイトルホルダーだけで逃げ切るのは余程の実力馬でない限り不可能に近い。基本的には2周目3コーナー手間の上りから徐々にポジションを押し上げ、ゴール手前でロングスパートを仕掛けて押し切るのが典型的な勝ちパターン。コースの性質上、道中で外を回ると距離ロスが大きいので、内枠有利という傾向もある。長丁場を舞台に、末脚と位置取りの巧拙が明暗を分けるレースといえるだろう。
注目各馬の分析
ここでは上位候補と目される6頭を個別に分析する。各馬の戦績・血統背景・距離適性・調教内容・騎手継続性、脚質と展開面での利害を総合的に考察する。
ヘデントール(牡4歳、木村哲也厩舎)
戦績・適性: 菊花賞(GI・芝3000m)で2着に好走し、前走ダイヤモンドS(GII・芝3400m)では先行して4馬身差の完勝を飾った。これにより8戦7連対と非常に安定した成績(5勝含む)を誇っており、長距離戦線での実力者であることがうかがえる。父ルーラーシップ譲りの底力と持続力が光るタイプで、3000m超の長距離は守備範囲。
血統: 父ルーラーシップはGI馬のキセキなどステイヤー型の産駒も輩出しており、長距離適性は高い。母系にもステイゴールド系のスタミナ血統が入っており、血統構成からも長距離向きであることが期待できる。
調教: 最終追い切りは4月30日に美浦Wコースで3頭併せを消化。5F69秒0-1F11秒4(馬なり)と軽快に追い切り、ラストの伸び脚は鋭かった。騎乗したダミアン・レーン騎手は「ものすごく良い馬で何も言うことがない。まだ伸びしろがある」と絶賛。助手の楠木調教助手も「馬なりで時計は速かったが、負荷は十分かかって能力の高さを示した」と評価しており、好仕上がりと判断できる。レーン騎手は今回が初騎乗だが、しっかり動いた動きからも相性の良さがうかがえる。
騎手: 前走まで戸崎圭太騎手だったが、今回はダミアン・レーン騎手に乗り替わる。レーンは日本・海外GI制覇の実績を持つ騎手で、初コンビながら期待は大きい。
展開・脚質: ダイヤモンドSでは好位2番手から残り3Fで先頭に立っている。京都3200mでは中団以降で折り合い、2周目上りで前に進出する形が理想とみられる。枠順は4枠6番に決定。歴代では同枠からメイショウサムソン(2007年)やフェノーメノ(2013年)といった名ステイヤーが勝っており、縁起も良い数字と言えよう。
サンライズアース(牡4歳、石坂公一厩舎)
戦績・適性: 前走・阪神大賞典(GII・芝3000m)を圧勝し、重賞初制覇を飾った。阪神大賞典の勝ちっぷりは後続に6馬身差をつける完勝で、この芝3000mの舞台でスタミナと瞬発力を示した。3歳時には日本ダービー(GI・芝2400m)で15番人気ながら4着と好走しており、長距離戦は強いタイプ。通算戦績は7戦3勝とすでに実績十分で、特に府中や阪神といったタフなコースで結果を残している。4歳世代の有力馬として、実力・勢いともトップクラスと見てよい。
血統: 父はレイデオロ(キングカメハメハ系)で、母の父はマンハッタンカフェ。日刊ゲンダイでは「母方のマンハッタンカフェの血が勢いを増している」と解説されており、同馬を母父に持つ馬が近年GIで活躍している(ソウルラッシュ、タスティエーラ、テーオーロイヤルなど)との指摘もある。特にテーオーロイヤル(父キングカメハメハ系、母父マンハッタンカフェ)は阪神大賞典-天皇賞春を連勝しているので、サンライズアースにもプラスに働く可能性が高い。
調教: 追い切りでは栗東坂路で行い、最終追い切り(4月30日)も好調ぶりが目立った。調教内容では終い重点で軽めだがラストはシャープな伸びを披露し、石坂調教師は「先週しっかりやったので今日は無理に速い時計を出さず順調」と評価している。輸送がある京都でも無理なく脚をためられる調整過程から、馬体や体調は良好と考えられる。
騎手: 池添謙一騎手が継続騎乗する。3歳ダービーでも池添騎手が好エスコートし、前走でも手綱を取っており、ここも一貫して同コンビで臨む。「まだこれからの馬。ポテンシャルはある」(ダービー4着後)と素質を高く評価しており、今後の成長も期待されている。
展開・脚質: ダービーでは後方から早めに動いて4着まで追い上げた。阪神大賞典はスローペースの中で逃げ、先行の形から押し切る形だった。京都3200mでは中団~後方からの差し脚が武器となる。内目の枠に入れば直線のロスが少なく、末脚を存分に活かせる展開が理想だろう。
マイネルエンペラー(牡5歳、清水久詞厩舎)
戦績・適性: 今年は日経賞(GII・芝2500m)で重賞初制覇を果たし、その際は好位から直線で先頭に立って押し切った。5歳にして大器晩成ぶりを発揮しており、通算戦績は20戦5勝(5-5-2-8)でオープン馬となっている。長距離での実績は本格化段階にあり、今回は3200mを経験するのは初めてだが、ゆったり折り合えるタイプゆえ距離延長は歓迎材料だろう。
血統: 父ゴールドシップ(GI馬でスタミナ型)、母父ローズズインメイ(米GI勝ち馬)と、欧米系と和血がブレンドされたスタミナ寄りの血統。特にゴールドシップ系は京都の重い長距離で好走例が多いので、下地は整っていると言える。
調教: 最終追い切りは坂路主体で仕上げられ、速い時計は意図的に出さなかったが、力強い動きを見せている。清水調教師は「元々緩さのあった馬だが、今はしっかり折り合えるようになった。3200mも大丈夫」と太鼓判。同コメントでは「見た目は変わらないが、緩さが解消して伸びしろが残っている」とも語られ、馬体の仕上がりは十分と判断できる。
騎手: 丹内祐次騎手が引き続き騎乗する。日経賞も丹内騎手の好騎乗で結果を出しており、継続騎乗によるコンビ安定感が強みとなる。
展開・脚質: 日経賞のレースぶりから、好位~中団で折り合い、直線で機敏に伸びて抜け出すスタイルだ。京都3200mでも中団につけて2周目の坂で早めに動き、上がり勝負に持ち込むシチュエーションがベター。清水調教師の言葉通り折り合い面は心配なく、じっくり力を発揮できそうだ。
ハヤテノフクノスケ(牡4歳、中村直也厩舎)
戦績・適性: 青森県産馬として注目されるステイヤー候補。昨年の菊花賞では4コーナーで不利がありながらも食らいついて8着に粘り、その後オープン特別(2勝クラス、3勝クラス)を連勝して本格化した。父はウインバリアシオン、母父シンボリクリスエスはタフな競馬を得意とする。素直で折り合うので、3200mの距離延長にも対応可能と陣営はみている。報知新聞では「しっかりと長く脚を使える馬で、舞台にも対応してくれる」(中村調教師)と期待されており、血統的にも距離適性は高い。
血統: 父ウインバリアシオンは青葉賞(GII)などを勝った実績馬で、産駒にも長距離巧者が多い。母系はさくらコマースゆかりの血統で底力がある。
調教: 最終追い切りは栗東坂路で4月30日に54秒0-12秒1(馬なり)。中村調教師は「先週しっかりやったので、今日は速い時計は意図的に出さなかった。順調」とコメント。楽な手応えながら終いは鋭く伸び、調子の良さがうかがえる。馬体も「少しずつ大きくなってきている」と言われており、仕上がりは良好だ。
騎手: 騎手は連続騎乗の岩田望来。今年はG1を勝って勢いがある。枠順は8枠15番(大外)に入った。中村調教師も「嬉しい枠ではない」と正直に述べたとおり、外枠からの距離損は課題となる。ただ直線が長い京都コースだけに、大外一気という奇襲が決まればチャンスもある。
展開・脚質: ここ2戦は中団から上がり最速をマークして勝利。最初のころは先行脚質の面があったが現在は折り合いを覚え、「長く脚を使える」タイプに成長している。京都では流れに乗ってじっくり脚をため、直線で一気に伸びるイメージだ。逃げ馬ではないためペースへの対応力がカギとなるが、2周目坂で位置を上げつつ末脚勝負に持ち込む競馬が理想とされる。父ウインバリアシオンも天皇賞春は2着3着の実績があり長くいい脚を使うタイプだった。
ショウナンラプンタ(牡4歳、高野友和厩舎)
戦績・適性: 4歳世代の中距離路線で成長著しい一頭。父はキズナ、母父は米国ダート血統のゼンソーシャル。デビュー以来鮫島克駿騎手が一貫騎乗し、4戦目のゆきやなぎ賞で初勝利。青葉賞2着でダービへの出走権を手に入れたが、ダービーでは末脚不発で15着に。神戸新聞杯で3着に入り、菊花賞への出走権を手に、続く菊花賞(芝3000m)では直線でしぶとく脚を伸ばして4着に入った。年明けの日経賞では2着、前走阪神大賞典は4着と展開に泣かされた。距離は問題なく展開さえ向けばチャンスがある。武豊が2度目の騎乗というのも心強い。
血統: 父キズナ(ダービー馬)、母父ゼンソーシャル(芝・ダート兼用の米国馬)という配合。母は細身だったが素質馬で、内国産馬では珍しいダート系血統が混じる。芝の長距離にも対応できる底力と、キズナ産駒に共通するスタミナが魅力だ。
調教: 栗東坂路を中心に調整しており、4月後半も終い重点に乗り込んでいる。具体的な時計は公表されていないが、調教師は「新馬戦以来折り合いが課題だったが、ゆきやなぎ賞では息が合った」と語っており、前走を経て安定感が増してきた。馬体は大きく変わっていないものの、精神面が成長し走りに余裕が出てきたとの声もある。
騎手: 武豊騎手が前走に続いて騎乗する。武豊は天皇賞春を8勝2着6回3着4回の実績。『長距離戦は騎手で買え!』という競馬格言もある。
展開・脚質: 新馬戦から鋭い末脚を見えていた馬で、長く良い脚を使えるスタミナ型である。ゆきやなぎ賞では中団に控えてから末脚を生かしており、今回は番手・中団からの競馬が理想視される。京都は右回りで坂のタイミングが合うコース形態なので、先行馬や速いポジションを取る馬との兼ね合いで展開が決まる。逃げるまではしないが、ハイペースになった際には先団から粘り込むシーンも考えられる。
ジャスティンパレス(牡6歳、杉山晴紀厩舎)
戦績・適性: 一昨年の天皇賞(春)(芝3200m)優勝馬で、京都の長距離適性は証明済み。父ディープインパクト、キャリア19戦5勝(うちGI1勝)というベテランで、阪神大賞典や大阪杯など中距離重賞でも上位争いしてきた実力馬。前走・大阪杯(GI)では積極的な騎乗から先団につけて6着だが、これで休養明けのひと叩きとしては収穫十分だった。レース後に杉山調教師は「2000mの大阪杯で好ポジションが取れたのは大きい収穫」とコメントし、「おととしの春の天皇賞のような競馬が理想」と2年前(25年春)のレースに似た競馬を目指すと語っている。また「この馬と鮫島克駿騎手との相性は非常に良い」と相棒とのコンビにも自信を示しており、安定した騎乗が期待できる。
血統: 父ディープインパクト譲りの強烈な瞬発力が最大の武器。母系にノーザンダンサー系を持つので持続力も兼備しており、京都3200mは非常に合う。GIタイトルは昨年の天皇賞春が唯一だが、鞍上との相性も良く、能力は衰えていない。
調教: 直前の追い切りはCWコースで軽めに乗っており、動きを確認する程度の調整だった。トレセン内外とも疲れは見られず、古馬混合GIの連戦をこなしてきた中でも体調は安定している。
騎手: 鮫島克駿騎手が引き続き騎乗する。鮫島克駿が騎乗した時は1勝3着1回着外1回の複勝率75%の安定感がある。今回は継続騎乗により、馬の状態の変化にも柔軟に対応できる点が強みだ。
展開・脚質: 前走大阪杯では好位につけてゴール直前まで粘り込み、天皇賞では2周目で番手から抜け出して勝利している。京都では勝った時と同じように中団で脚をためて長い脚を使う展開がベストだ。京都外回りでは後方一気よりも先行~先団から終盤につなぐ競馬が向くため、先行力を生かしてゴール前で他馬を退けるシーンを演出したい。
予想される展開
スタミナとポジション争いがカギを握る3200m戦。スタートから2周目上りにかけてのペース次第で、終盤のラップは変化しやすい。逃げ馬がそのまま押し切るパターンはほぼなく、2周目の坂でいかに前に進出できるかが重要だ。想定脚質を整理すると、主導権を取りに行くのはジャンカズマかサンライズアースがハナに立ってペースを作り、ヘデントールやジャスティンパレス、マイネルエンペラーらがその直後にハヤテノフクノスケが控えるイメージが考えられる。
ただし直線に向いた段階でペースが落ち着けば、各馬の末脚対決となる。粘り強さを欠かないショウナンラプンタと、前2走でGI級と互角以上に戦ってきたジャスティンパレスが、中団から速い上がりで突っ込む展開は十分予想される。逆に差し脚勝負になれば、府中や阪神での実績が光るサンライズアースと、レーン騎手の新コンビで末脚鋭いヘデントールにもチャンスがありそうだ。マイネルエンペラーも前に位置しつつ持続力を発揮できるタイプで、展開に恵まれれば浮上する可能性がある。ハヤテノフクノスケは大外枠からの追い込みになるが、万一ペースが超ハイなら思い切った大外捲りがハマるかもしれない。
馬場状態・枠順・天候の影響
京都競馬場は2023年春に改修工事が完了し、外回りコースも刷新されたばかり。高速馬場というよりはややタフなコース設定が期待され、現時点では「良馬場」濃厚と思われる(当日の天候は晴れ予報)。枠順では内枠の方が距離損が少なく有利とされるが、本年はヘデントール(4枠6番)、ショウナンラプンタ(5枠8番)、ジャスティンパレス(7枠13番)、ハヤテノフクノスケ(8枠15番)とそれぞれ変則的な枠に入った。特にハヤテノフクノスケは大外15番という不利な枠を引き、陣営も「嬉しい枠ではない」と語っている。一方、ヘデントールとショウナンラプンタは概ね真ん中より内寄り、ジャスティンパレスも中段後方の枠でまずまずの枠順といえる。
馬場状態が良ければ終盤のキレ比べになりやすく、外枠でも道中脚を溜めれば届く可能性はある。あくまで京都外回りの常道として内をロスなく回れる馬には注意が必要だ。加えてこの時期の京都は天候が荒れにくいとはいえ、万一の雨により馬場が重くなれば、パワー型の馬に利が働く。馬場・枠順ともに明確な有利不利が出にくい一戦ではあるが、内枠先行馬と後方差し馬の駆け引きが勝敗を左右しそうだ。
有力馬比較と勝敗の鍵
以上を踏まえると、「実績馬の安定感」が最大の武器となるだろう。ヘデントールは勢い抜群で展開次第では外枠馬にも負けない脚を持つ。ジャスティンパレスはGI連覇を狙う別格で、2年前の勝ちパターンと同じ展開になれば再現可能性は高い。サンライズアースは距離適性・素質ともに完成度が上がっており、池添騎手が言うように「ポテンシャルはある」実力派で、先行激化時の差し込みに期待できる。マイネルエンペラーは遅れて開花したが、折り合いがついて「3200mも大丈夫」なステイヤーとなり、展開次第で好勝負に加わる。
他方、ショウナンラプンタやハヤテノフクノスケといった4歳馬は未知の部分が大きく「勢いと成長力」が鍵となる。新馬時から共同戦線を張ってきたショウナンラプンタは鮫島騎手とのコンビで、着実にレベルアップしている。そこに、名手武豊が乗り変わってさらにいい面が出てくるの可能性がある。一方ハヤテノフクノスケは枠順の不利があって難しい立場だが、はまれば青森産馬として悲願のGI制覇も夢ではない。最終的には、ペース配分に応じて自分の競馬ができるかどうか、そして上がり勝負で勝てる脚を最後に残しているかが勝敗を分ける重要なポイントとなるだろう。各馬とも稽古では仕上がり良好をアピールしており、GIの舞台にふさわしい好レースが期待される。
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